大判例

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最高裁判所第一小法廷 平成2年(行ツ)61号 判決 1991年1月31日

東京都墨田区東駒形四丁目一五番三号

上告人

下田機工株式会社

右代表者代表取締役

下田秀正

右訴訟代理人弁護士

葭葉昌司

横溝高至

東京都墨田区業平一丁目七番二号

被上告人

本所税務署長 石山雅弘

右指定代理人

下田隆夫

右当事者間の東京高等裁判所平成元年(行コ)第三八号法人税更正処分等取消請求事件について、同裁判所が平成二年一月三〇日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人葭葉昌司、同横溝高至の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大堀誠一 裁判官 大内恒夫 裁判官 四ツ谷巖 裁判官 橋元四郎平 裁判官 味村治)

(平成二年(行ツ)第六一号 上告人 下田機工株式会社)

上告代理人葭葉昌司、同横溝高至の上告理由

第一 西村昂に対する役員報酬について、原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな法令の解釈適用を誤り、審理不尽、理由不備の違法がある。

一 先ず、原判決は西村に対する昭和五五年六月分及び七月分の役員報酬三〇〇万円の損金算入について、西村は上告人代表者の信頼を失い、昭和五五年四月二〇日頃には実質的に退職を余儀さくされており、同年六、七月には既に全く上告人の業務に従事しておらず、新村の担当していた業務は上告人の社員中川孝三において処理しており、西村はもはやその業務に従事することが予定されてもいなかったことが認められるとしている。

しかして、原判決は、その認定の根拠として甲第一六号証、乙第二号証の二の二、同号証の二の三の一ないし三、上告人代表者の尋問の結果、甲第一〇号証の一、二、西村昂の証言、乙第二号証の二の一、証人中川孝三の証言を総合すると可能であるとしている。

しかしながら、原判決の掲げる証拠のうち、原判決認定事実に添う証拠としては、西村の証言しかない。西村は「(正式に辞める)約三ケ月前(昭和五五年五月頃)首になったとか、使い込みが発覚した後は何もやらして貰えなかったとか、最後の方では口も聞いて貰えなかった」と証言している。しかし、西村は昭和五五年五月に首になっていないし、使い込みが発覚した後、上告人代表者は西村と話合った結果、同人に対し役員報酬を増額するから増額した分で使い込んだ金員を返済して行ったらどうかと勧めて、月額金一〇〇万円の役員報酬であったものを昭和五五年三月から月額一五〇万円に増額しているのである。西村もそれに同意し、西村は同年三月分及び四月分については現実に受取っているのである。

又、西村は使い込みが発覚した後は何もやらして貰えなかったと言いながら、不正に使い込んだ仮払金(西村本人その他の名義による出張名目で仮払いを受けながら、実際は出張していないので清算不可能であつた金員)について、上告人会社の伝票帳簿等を調べて一覧表(甲第一〇号証の一)を作成しているのである。しかして、右西村の作成した一覧表による金額約四〇〇万円と、上告人会社従業員で右西村の部下の中川孝三が作成した一覧表(甲第一〇号証の二)による金額約四五〇〇万円と金五〇〇万円の相違しかなかったのである。それにも拘らず西村は使い込み金額について、種々不服を延べ、最終的には乙第二号証の二の二(乙第二号証の三の三と同じ)の誓約書記載の金二四、九四五、三〇九円しか認めなかったのである。(上告人代表者の尋問の結果)、更に、西村は「使い込みはしていない。面倒になってしまったので誓約書に署名押印しただけである」と証言しているのである。以上の如く、西村の証言は到底信用できるものではない。

要するに、西村は同年五月頃から上告人会社に事実上出勤しなくなってしまったので、同年八月六日上告人代表者と西村との間で話し合った結果、西村は同年七月三一日をもって退職することになり、同人の給料及び退職金の処理が行われたのである。

以上のことは、乙第二号証の二の一、乙第三号証の一、三、中川孝三の証言、上告人代表者尋問の結果から認められるものである。

どうして使い込みが判明した人に対し、月給を上げたりするのであろうか。上告人代表者は西村を信頼していたからこそしたのであるが、西村が上告人代表者の期待に応えず、使い込み金額の調査をしたけれども、これを素直に認めず事実上出社しなくなったので、已むなく約三ケ月後退社することにしたのであり、しかもその際高額な退職金さえ支払っているのである。

右事実からすると、西村は昭和五五年六月、七月には上告人会社の業務に従事していなかったことは事実であるが、従事することが予定されてもいなかったとする原判決の認定は誤りである。従って、西村が昭和五五年六月、七月に上告人会社で稼働することが予定もされていなかったことを前提とする役員報酬の支払業務が存在しないとする原判決の認定は誤りである。

尚、第一審判決を是認した原判決も甲第一六号証及び乙第二号証の四の一、西村昂の証言により、上告人と西村との間で同人の役員報酬を昭和五五年三月から一ケ月一五〇万円とする旨の合意が成立していたことを認めているものである。

以上述べた如く、原判決は判決に影響を及ぼすことの明らかな理由不備、ないし採証法則に違反した合理性のない認定をしているのである。

二 次に原判決は、西村は昭和五五年六月、七月については委任事務も労務を提供することも予定されていないところ、かかるときまで上告人が西村に報酬を支払う旨の特段の合意がない限り、報酬支払義務がない。しかして、右特段の合意が認められる証拠は存在しないから、報酬支払義務はなく、損金算入は許されないとしている。

しかしながら、少なくとも取締役の役員報酬については委任事務の提供をせず、且つその提供が予定されていなかつたとしても、予定されていない期間は役員報酬を支払わなくてよいとする特段の合意がない限り、支払わなくてはならないと云うべきである。しからざれば、役員報酬を有する非常勤取締役などの場合に一定期間報酬請求権が発生しない場合が多々生じることになるが、かかる事例が裁判になったことを聞かない。しかも、一旦決定した取締役の報酬を当該取締役の同意なくして変更出来ないとする従来の判例(名高裁金沢支部昭二九・一一・二二判決下民集五・一一・一九〇二、東京地裁昭四四・六・一六判決金融商事一七五・一六、最高裁昭三一・一〇・五決裁判集民二三・四〇九)及び通説にも違反している。

本件では、西村昂より役員報酬を辞退する旨の申出が一切なく、しかも同人が出社しないので昭和五五年七月三一日をもって退職するまで、上告人は已むなく月額一五〇万円の役員報酬を支払ったものである。

故に、上告人が西村に支給した昭和五五年六月、七月分の役員報酬合計三〇〇万円について、損金に算入したことは適法である。

以上述べた如く、原判決は、法令の解釈を誤っているのみでなく、従来の判例にも違反しているので、破棄されるべきである。

第二 高原秀らに対する給与について、原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな採証法則に違反した理由不備及び法令の解釈の誤りがある。

一 高原らに対する給与について

1 先ず原判決は、高原らは、上告人会社が給与を支払っていたとする各時期において、高原は演歌師を業とし、鈴木は飲食店「凡智」を経営し、右飲食店業に専ら従事していたこと、吉岡は飲食店「窓」を経営し、右飲食店業に専ら従事していた旨認定している。

しかして、原判決は甲第一号証ないし甲第五号証の一ないし三、西村昂の証言、乙第二号証の一、乙第二号証の五の一、二、高原透の証言、上告人代表者の尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると右事実を認定することができるとしている。

2 しかしながら、高原は右時期において演歌師を生業としていたものではない。生活は、上告人会社の給与によってまかなわれていたものである。このことは、上告人会社より給与を貰っていた間は、演歌師をしていなかったとの高原の証言及び甲第六号証、上告人代表者の尋問の結果によって明らかである。原判決認定の如く、高原が右期間中演歌師をしていたとの証拠は、西村昂の推測証言以外に存在しないものである。

次に、鈴木や吉岡が飲食店業に専ら従事していたとの事実は、鈴木の証言及び甲第七号証、甲第八号証によれば認めることは出来ない。反対に鈴木や吉岡は、飲食店業に従事しながら、上告人のために宣伝活動、顧客の紹介等を精力的に行なっていたことが認められるのである。原判決は、高原らの取扱商品に対する知識が貧弱であるとか、高原らの活動による成約に至った取引が少ないとか等に基づいて何らの証拠に基づくことなく、前記鈴木証言や甲第七、八号証を無視して推測による認定をなしているに過ぎない。

3 高原らに対する給与支払金額について

原判決は、高原らには毎月賃金台帳に計上した源泉所得税等控除前の給与支給額の概ね一割に当たる金額を、名義借りの対価として上告人会社の取締役経理部長西村をして届けさせていたことを認定している。

しかしながら、高原及び鈴木の証言、甲第六号証ないし甲第八号証、上告人代表者の尋問結果によると、給与支給額の六割から八割の金額が支払われ、高原らが受領していたことが認められる。これを覆す証拠は全くない。西村でさえ、自分は一割を届けていたが、その余を上告人代表者が支払っていたか否かについては知らないと証言しているに過ぎない。

原判決は証拠に基づかないので、上告人は高原らに対し、名義借上料として一割しか支払っていなかったことを認定しているものであって、採証法則の違法ないし理由不備の違法がある。

ところで、高原らはパンフレットの配布、建築業者や建築関係業者、不動産業者、建築現場の紹介など多数の紹介をなしそれなりの仕事を上告人会社のためにしてきたのである。契約の成立に至ったものが少なかったとしても、高原らが上告人会社のために働いてきたことは事実である。

しかして、原判決の認定如く名義賃上料とすれば、上告人は名義賃上料として給与支給金額の六割ないし八割の金額、即ち、高原については月額三五万円以上、鈴木については月額二五万円以上、吉岡については月額四〇万円以上を支払ってきたことになるが、六割以上の金額を支払う名義賃上料などということは、通常考えられるものではない。高原らが、上告人のために働いてきたからこそ支払ったものであり、支払方法が分割という変則的であったからと云って変わるものではない。

4 原判決は、上告人が高原らに対し、支払った金員が仮に給与といえないとしても、高原らは上告人のために取引先の紹介等を行っていたのであるから、少なくとも報酬或は斡旋手数料とみるべきであるとの上告人の主張に対し、仮に高原らが自己の業務を通じて、その顧客に対し、上告人会社やその商品を宣伝し、或は紹介することがあったとしても、それは上告人代表者に対する交誼に基づくものに過ぎないものとみるのが相当であり、対価性のある行為ということは出来ないとしている。

しかしながら、高原について月額三五万円、鈴木について月額二五万円以上、吉岡について月額四〇万円以上という支払金額は単なる交誼による支払金額とは到底思えないし、少なくとも高原らが上告人のために、それなりの或る程度の仕事をしたことに対する対価性を有する報酬或は斡旋手数料と考えざるを得ないものである。従って原判決には採証法則の違反ないし理由不備の違法があると云わざるを得ない。

尚、上告人の唯一の業種であるグリーストラップの製造販売は、当時新開発の、しかも全く新しい分野にかかるものであって、世の中には全く知られておらず、新聞、雑誌等の広告、ダイレクトメール、パンフレットの配布等あらゆる種類の宣伝活動をする必要があったものであり、且つ現実に行ってきたものである。高原らを雇用し、給料を支払ってきたことも長期的にみると無駄ではなく効果があったものであり、上告人会社は人的にも物的にも売上げにおいても、急成長を遂げてきたものである。しかして、上告人会社は日本国内においては、四割のシェアを占めるのみならず、上告人会社のグリーストラップは日本のみか世界のブランドになったものである。このことは、上告人代表者の尋問の結果によって明らかに認められるものである。

二 信義則違反の主張について

1 上告人は、原審において昭和五三年五月期及び昭和五四年五月期の調査において、高原及び鈴木の給与について上告人代表者等から事実関係を十分に説明したうえで容認されたもので、被上告人がこれを覆して更生処分をなすことは、上告人に莫大な損害を与えたもので、信義則に反し許されないと主張した。

2 これに対し、原判決は、被上告人係官が高原らの給与の損金算入について、被上告人が昭和五三年五月期及び昭和五四年五月期における調査の際、高原らの勤務の実態について十分把握したうえ、高原らの給与計上額を損金に算入することを認容したとの点については、これを認めるに足りる証拠はないとした。

しかしながら、上告人は昭和五二年五月期の法人税申告について、被上告人から調査を受け、他の会社の給与所得者でもあった吉田与市とか松本治夫の給与について否認された。そのときの調査官の言動から、上告人は全く新しい分野の製品の製造販売であるという特殊なケースであるから、自由に活動出来る人であれば、常勤しなくとも給与所得者として認められるという会計事務所の助言に基づいて、次年度より高原らを雇用するに至ったものである。

次に、上告人は、昭和五三年五月期及び昭和五四年五月期についても、被上告人調査官から種々の質問を受けたのみでなく、被上告人から十分な調査を受けているのである。以上の点については、上告人代表者の尋問の結果から明らかである。西村の証言の中にさえ、人件費関係も調査の対象になり被上告人統括官がなぜ部長が一ケ月に一回も顔を出さないのだと質問された旨のものがあることから、勤務形態が異例であること及びその勤務の実態については、被上告人は十分に調査し、把握していたものである。

従って、原判決が被上告人は高原らの勤務の実態を十分把握したうえで、高原らの給与について損金に算入することを認容したとの点について、これを認める証拠はないと認定していることは、証拠を無視した理由不備の違法がある。

3 又、原判決は被上告人係官は、高原らが当時勤務形態は異例だが、給与に見合う稼働はしているとの上告人代表者の説明を一応信用して、この点につき格別の指導をしなかったに過ぎないことが認められるから、その後の調査により判明した事実に基づいて更生処分をすることは何ら信義則に違反しないとしている。

そもそも、勤務形態が異例であれば、十分説明を求めたり調査するのが通常であり、被上告人調査官が疑問に思った場合に会社側の説明を鵜呑みにすることなど考えられない。上告人代表者の尋問の結果によれば、高原らの勤務の実態について十分被上告人に話しているのである。よって、原判決には採証法則に違反した理由不備がある。

被上告人は、使い込みが発覚して辞職し、上告人会社を倒産させないと再就職等に困る西村昂の中傷的密告、即ち高原らは何も仕事をしていなかつた旨の供述を全面的に信用してしかも高原ら及び上告人代表者や役員、従業員の供述を信用しないで一旦認容したことを覆して、高原らは何もしていないと誤った認定をして更正処分をしているのである。原判決も右西村の証言等をそのまま信用して無理失理前述の如き認定をしているのである。

以上述べた如く、原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな採証法則に違反した理由不備の違法があるから、破棄されるべきである。

第三 原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな審理不尽がある。

一 本件においては、西村昂に対する役員報酬については、同人の使い込み発覚後も同人が業務に従事することが予定されていたか否か、予定されていなかつたとしても役員報酬の支払義務があるか否かという点と、高原らに対する給与については、同人らが上告人会社の業務に従事していたか否か、支払った給与の金額はいくらであったか、右支払金額は給与等とみるべきものであるか否か、被上告人に信義則違反の事実があったか否かという点にある。

二 上告人は、第一審における証人調べ等においては、右争点について立証が不十分と考えて原審の平成元年一二月一二日の口頭弁論において高原透及び上告人会社専務取締役森幸満、上告人会社代表者下田秀正について右争点に絞って尋問の申請をなしたところ、原審は第一審における尋問の結果によって十分認定できるとして、その必要性を認めず右申請を却下した。しかるに原審は、第一審と殆んど同じ認定をなしているのである。

三 ところで、前記争点については、証拠上も種々錯綜している点もあり、更に上告人に十分の立証を許すべきものであった。故に原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな審理不尽がある。

以上述べた如く、原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな法令の解釈の誤り、採証法則の誤りによる理由不備、審理不尽の違法であるので破棄されるべきである。

以上

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